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2015年01月22日

発達障害って!?その4

なにかがおかしい!?そう気づいたのは一年生の三学期でした。
親子共に情緒不安定…すぐに泣いたり怒ったり
集団の中に行くと息子とほかの子を比べて落ち込んでいました。
どこに行っても変な息子が気になって楽しくありませんでした。

「息子が普通に育っていたらどんなに良かったか…」

そんな時、また学校から呼び出されました。
「今度は何を言われるんだろう…」
とても寒い日でした。
その日は担任の先生と話した後に
「紹介したい先生がいます。交代してもよろしいですか?」と聞かれました。
もっと怖い先生が出てきて責められる 
(自己肯定感が極限に下がると想像は敵だらけ!
 自分の味方は出てこないと思い込んでいるのです。)

ところが出てきたのは明るい女の先生でした。
「Rくんの様子をみせてもらいましたよ。
 個性的でおもしろそうな子ですね!
 週に一回くらい私の教室に通ってみませんか?」

「新米の先生だから大変でしょう?
 クラスもちょっと荒れていますしね

今までのくらーい話はぶっ飛んでいきました。
深刻に考えていたことを「なんでもないんですよ〜」と先生の雰囲気が伝えてくれました。

このH先生との出会いがなかったら今のRはありません。
私もカウンセラーになっていなかったでしょう。
はじめてあったのに安心したのを覚えています。
しかも当時、学校中の先生が知る問題児だったRを「個性的でおもしろい!」って
ものすごく前向きなパワフルさを感じました。

私はすぐにこの先生のクラスにRをお願いすることにしました。
このクラスというのが「通級教室」だったのです。
息子の小学校には常設の通級教室があって一人一人の困難さを理解し
助けてくれる専門の先生がいたのです。

※通級教室:知的な遅れはなくとも何らかの困難さを抱えた児童を療育する教室
      週に1〜5回、一時間マンツーマンで学ぶ
 療育:障害にあわせた学習法や生活法を学ぶこと

この先生の自己紹介の文章の中に耳慣れない言葉をみつけました。
「ADHD」という単語です。これは何だろう?
家に帰ってインターネットで調べてみました。

「ADHD」「発達障害」「アスペルガー症候群」「自閉症」 などなど
たくさんの聞いた事がない言葉がヒットしました。
私は夢中で読みました。そして確信したのです。

「あぁ、きっとRは発達障害なんだ…」

次からは通級教室に通い始めたRの事を書きたいと思います。
くらーい暗黒時代はとりあえずひと段落です。
この後は悶々、グルグル時代(なんじゃそりゃ!?)に突入します。

posted by tomomi at 20:25| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月21日

発達障害って!?その3

くらーい暗黒時代にお付き合いくださってありがとうございます。
今日もまだ暗いトンネルの中です

家でも私に怒られ学校でも先生に怒られていた息子。
どんな状態だったのかというと…

椅子に座っていられないので滑り台のようにズルズル下がり、また上がる。
消しゴムを定規で切り刻む。
みんながノートに何かを書き始めてからノートを探す(机にもないことも…)

何度も廊下に机ごと出され、参観日に息子だけ教卓の隣に机があったこともありました。

そしてそんな扱いを受ける息子からお友達が離れていきました。
まだ一年生、先生の威力は絶大でした。息子を馬鹿にする同級生が増えていったのです。
息子はどんどん自信をなくしていきました。
できていたこともできなくなりました。妹に優しくできなくなっていきました。
全部がうまく回らない…

そんなある日、またみんなの前で先生に怒られていた息子。
泣きながら大声で叫びました。
「みんなが僕を笑っているんだ!!」
そう叫んで教室を飛び出してしまったのです。

先生から電話がありました。
教室から飛び出して大変だったことの報告。そしてこう続けたのです。
「Rくんは言葉の教室へ通ってください。
 赤ちゃん言葉でしか話せません。」

そんなはずはありません。
家では普通に話しています。初めて私は何かおかしいと思いました。
家に帰ってきたRに話を聞きました。
それまではRの話も聞かず一方的に怒っていたことにも気づきました。

そして話し始めたRの口調にビックリしました。
「きょう、ぼくしゃぁ…」
確かに口調がおかしい
「ちゃんと話しなさい!ぼくしゃぁって何!?」

Rは私に萎縮していたのです。先生の前でも。
お友達の前では普通に話せていました。

なにかがおかしい!?これは何!?
怒れば躾けられる。
自分もそう育ってきた。そう信じて頑張った結果でした。



この頃の話を今、息子とすることがあります。
R「ママ、すごく怒ってたよね~」
私「ママも必死だったんだよ。ごめんね。」
R「僕も悪いってわかっててもできなかったんだよ」
私「そっか、なんでできるようになったのかな」
R「自分でやろう!って思ったからかな」

息子のアドバイスはいまのカウンセリングに非常に役立っています。
次は私達親子を救った救世主の登場です。


posted by tomomi at 23:17| Comment(0) | 息子のお話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月19日

発達障害って!?その2

さて、学校に呼び出された後私は考えました。
「もっと厳しく躾けて、落ち度のない息子にしなくちゃいけない!」

「このままじゃ、お母さん失格だわ!私がこの子を変えなくちゃいけない!」

忘れ物がないように連絡帳をチェックし、宿題にはつきっきりになりました。
朝、出かけるときには「学校でおとなしく話を聞いてくること」を言い聞かせました。

毎日、直すことばかりを考えて注意ばかりしていました。
その結果、息子の問題行動はどんどんエスカレートしていったのです。

連絡帳もノートも真っ白なまま。明日の用意は毎日とても時間がかかりました。
宿題も集中力をなくし時間がかかるので何時間も付いていました。
当然、黙ってはいられません。
「何時間、かけてるのよ!」
「お友達は宿題を終えて遊びにくるのに、このままじゃ遊べないわよ!」

毎日のように学校の先生から電話がかかってきました。
「今日Rくんは○○できませんでした。」
「○○くんとトラブルになりました。」
「こんなに忘れ物をして困っています。」

私の母親に言われた今でも忘れられない言葉があります。

あなたの育て方が悪かったからこうなったんだよ。
 接し方をみていて、そう思っていたのよ。」

私がこんなに頑張っているのに何一つ認められない。
もう限界でした。
「この子がしっかりしないから、私は幸せじゃない!」
宿題ごと庭に息子を放り出したこともあります。
お米を洗っていたボールを息子に投げて眉間にあたって腫れてしまっこともありました。

あれは虐待だった。そしてパワハラです。
でも、その時の私は「私こそ助けてほしい!」と思っていました。
誰も私の味方はいない!誰も理解してくれない!

そしてこの事が息子を追いつめていったのです。


あ”−−−−暗い!暗すぎる!
この時、私がママであり続けられたのは下の娘の存在が大きかったと思います。
当時、娘は二歳ちょっと前くらい。昼間は娘とお散歩にいったりお昼寝したりして
優しいママをやれていたのです。ちなみに娘の名前は「ひかり」です。(笑)

この暗黒時代は半年ほど続きました… もう少しくらーい時代にお付き合いください。
そうそう、現在息子は元気に学校に馴染んでいます。私も息子を誇りに思っています。
でも、この時期を思い出すと泣けてきますね。あまりに息子と私がかわいそうで


posted by tomomi at 23:11| Comment(0) | 息子のお話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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